先日、友人からのメールに、
私が昨年3ヶ月近く闘病生活を過ごしたのは
ギフトだったね!
とありました。
その一文を読んだ時、
以前、ある方のブログで見かけた一節を思い出しました。
そのブログには、
乳がんになった友人に
「乳がんになってよかったね!
おめでとう!」
と友人のことを思って
明るくお祝いの言葉を掛けたのに、
想像と真逆の反応で悲しくなったと書いてありました。
その場には、自分の子供もいたそうで
子供の前で友人に怒りをあらわにされたことに
重ねてショックを受けてしまった。
というものでした。
そのコメントの返信には、
相手の方(乳がんになった方)
はまだ意識レベルが低いのだから、
あなたは間違ったことはしていない。
とのことで、
これを機に縁を切ります。
とのことでした。
スピリチュアルや
魂の成長や心の毒出しに
勤しんでいる方は、
病気はギフトだとよく口に出します。
私も体や心の毒出しを実践中ですが、
私はがんなどの病になった友人や知人に
面と向かって、「がんになって良かったね!
おめでとう!」とは言えませんし、
言いたくもありません。
笑顔で「がんになって良かった。」
と語るのは、がんサバイバーの方
ご自身が語れるものだと思っているからです。
まして、がんになったことがない人が、
がんを告知された友人に面と向かって
おめでとう!などと明るく言い切れることが不思議です。
あなたは魂の成長がまだまだですね。。。
などと言われそうですが、
それでも構いません。
おめでとうと言われて悲しみと怒りを
ぶつけてきた乳がんを告知された方より、
おめでとうと言って、子供の前で
怒りをぶつけられた方の方が
魂の成長はまだまだだと思います。
子供の目の前で、
怒りをぶつけられたからといって、
理解者を求めて泣きついてくるだなんて、
まだまだです。
今回、友人から、
昨年の私の闘病生活はギフトだと
メールにありましたが、
その一文の前に、
「大変だったね。」
とあったので、ギフトだったと
言われても素直に受け止めることができました。
もし、大変だったね、
の言葉がなかったら、
上述したブログにあった
がんを告知されて友人におめでとう!
と言われて怒りをぶつけた方の心境になっていたと思います。
大病を告白してくるのは
その相手のことを信頼しているからだと思うのです。
その相手に、
「おめでとう!」
「よかったね!」
などと言われたらショック以外のなにもありません。
これからその相手は病と向き合うのです。
生活も変わります。
金銭的問題が発生することもあります。
家庭内でもめごとが発生する場合もあります。
病気になったら病気のことだけに
取り組めるわけではなくて、
色々な問題が発生してくるものです。
それに、がんなどの病の場合、
数年後も生存していても
過去にがんになったことは忘れることは出来ません。
ずっとその病を持って生きていくのです。
そして、病が完治の方向へ行けばいいのですが、
もしも期待とは反対方向になった場合、
おめでとう!だなんて言ったことに
どんな心境になるのでしょうか。
それでも、ギフトだね、
おめでとう!と明るく言い切るのでしょうか。
魂は永遠だから、
肉体が亡くなるだけ、
などと明るく語るのでしょうか。
私はそんな人間にはなりたいくないな。